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125 DESMO(125デスモ)

ドゥカティレース用単気筒エンジンへのデスモドロミックシステムの採用は、 ドゥカティにとって歴史的な転機を意味した。写真は、メカニックのレッキア、マッツァ、アルベルト・ファルネ、そして技術チーフのローリに囲まれたファビオ・タリオーニと125デスモ。

125デスモ、シンボルマークの跳ね馬が付けられた最初のドゥカティモデル

1956年、ヘデモーラサーキット(スウェーデン)で125デスモに乗り優勝したジャンニ・デリ・アントーニ。

 
 

ドゥカティ単気筒モデルたちは、1957年のデスモドロミックシステムと共に、開発の絶頂期を迎えることになった。この点においては、トリプルカムシャフトデスモ125が最も良く知られた最初のドゥカティだった。このバイクの誕生はモーターサイクルエンジニアリングの歴史においてそれほど衝撃的だったのだ。タリオーニが雑誌モトチクリズモに語った言葉を引用すれば、"このシステムの最大の目的は、タイミングチャートに従って正確にバルブを強制開閉させることであって、浪費エネルギーの軽減に関してはほとんど無視して良いレベルだ。それ以上にこのシステムは、安定した性能と作動性を保証している。"

125トリプルカムシャフト2気筒エンジンとフレームは、'50年代の特徴を確かに見ることができる。技術的な視点から言えば、この時代はモータースポーツ史の中でも最も恵まれた時代であった。なぜなら当時の国際ルールは現在とは違って、開発者が可能なアプローチを自由に試すことができたからだ。

ドゥカティがモーターレースから撤退する1年前の1958年、単気筒トリプルカムシャフトデスモ125だけでなく、モンツァで3位に入賞することになる2気筒エンジンも開発されている。それと同時に、タリオーニはダブルカムシャフト4気筒エンジンの開発を行っていた。

 

功績

1956年7月15日 125 GP世界選手権優勝 - ヘデモーラ (スウェーデン)
ジャンニ・デリ・アントーニ (Gianni Degli Antoni)
1958 年 イタリア選手権シニアクラス125ccチャンピオン
ブルーノ・スパッジャーリ (Bruno Spaggiari)
1958 年 モンジュイ24時間レース優勝 (125cc)
マランギ (Maranghi)/マンドリーニ (Mandolini)
1958 年 125 GP世界選手権世界ランキング2位
アルベルト・ガンドッシ (Alberto Gandossi)
1958 年 125 GP世界選手権世界ランキング2位
コンストラクターズチャンピオンシップ
1958年7月6日  125 GP世界選手権初優勝 - スパ・フランコルシャン (ベルギー)
アルベルト・ガンドッシ (Alberto Gandossi)
1958 年 イタリア選手権シニアクラス125ccチャンピオン
ブルーノ・スパッジャーリ (Bruno Spaggiari)
1958 年 イタリア選手権シニアクラス125ccチャンピオン
コンストラクターズタイトル
1958 年 イタリア選手権ジュニアクラス125cc
フランコ・ファルネ (Franco Farnè)
1958 年 イタリア選手権ジュニアクラス125cc
コンストラクターズタイトル
1959 年 ACUイギリス選手権125ccチャンピオン
マイク・ヘイルウッド (Mike Hailwood ©)
1960 年 ACUイギリス選手権125ccチャンピオン
マイク・ヘイルウッド (Mike Hailwood ©)

テクニカルデータ

  • エンジン

  • トランスミッション

ディーラー

アパレル

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